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必然性の無い偶然は無い。
昔どこかで聞いて以来、私の頭から離れない言葉である。

「偶然、~した」「偶然、~になった」などと言う場合、それはちっとも偶然ではなくって。
それ以前にそうなるべきことをしているから、なるようにしてなったというものである。

別に「運命」という言葉を闇雲に信じる私ではないけれど。
「偶然」にしては出来すぎな、そんな体験ばかりの私には、いつもこの言葉がついて回る。

旦那にしても、カイザーにしても、タイタンにしても。
私が愛でる対象は、すべて不思議な「縁」で強力に結び付けられている。
もう、「運命の赤い糸」なんてものじゃなくて「運命の赤いワイヤーケーブル」とでも呼びたいくらいだ。

出会ったときには気づかないのだけれど、長い時間が経過するにつれて、過去の「ターニングポイント」らしいものが見えてくる。
そのときに別の選択をしていれば、現在とはまったく違うことになっているだろうに。
見えないワイヤーケーブルで手繰り寄せられるがごとく、今となっては感心してしまうような選択をしているのだ。

今現在、漠然と「いつかはカイザーの息子を…」と思っているけれど。
またその時が来たら、運命のワイヤーケーブルで手繰り寄せられていくのだろうか?
それとも、もうそんなワイヤーケーブルは出てこないのだろうか?
「その時」なんて来ないんだろうか?

今日は一日、この事が頭をぐるぐる回っていた。
ふ~。
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by vanitybox | 2005-03-17 22:00 | いろいろ | Comments(0)
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